最後のマスタークラス行脚(1) / ハンナ10月号・連載第3回

この7~8月は留学最後の夏休みでもあり、今後暫くないチャンスだからと欲張って、合計4つもの合唱(指揮)マスタークラスに立て続けに参加してきました。

前に記事を投稿したバルセロナ・世界合唱シンポジウムに続いて、

  • St. Martin chorleiterlehrgang(オーストリア・グラーツ)
  • HfM Saar Summer School Chorakademie(ドイツ・ザールブリュッケン)
  • 2. Neuwieder Chor(leiter)tage(ドイツ・ノイヴィート)

の3つです。
それぞれのコースをレポートしたいと思っていますが、今回はまず以下のコースから。

St. Martin chorleiterlehrgang(オーストリア・グラーツ)

オーストリア・グラーツでのSt. Martin講習会は、100名の受講者、3名の合唱指揮講師、5名のヴォイストレーナーが一堂に会して9日間かけて行われるもので、僕がこれまで参加してきた中で圧倒的に規模の大きい合唱指揮講習会でした。僕が振り分けられたマスタークラスの講師であったジュゼップ・ビラ・イ・カザーニャス氏はバルセロナ・カタルーニャ音楽院合唱指揮科教授で、たまたま、前月に受けたバルセロナでのヘルムート・リリンクによるマスタークラスではアシスタントをされていて、ここで嬉しい再会となりました。

ジュゼップさんの合唱指揮技術に対するシンプルかつ隅々まで行き渡った視点、またそれによってなる佇まいの静謐さ(それでいて、音楽的に全く退屈することがない)はこれまで様々な講師をみてきた中でも新鮮で、特筆すべきものがありました。ドイツ人よりもずっと陽気で脇道に逸れがち(笑)な印象のあるオーストリア人中心の合唱団を難なく心地よい集中状態にもっていく彼のやり方は、僕がこれまで体験したことのなかった類いの合唱指揮仕事であり、驚きでもありました。彼のもとで僕はBernard Andrèsのフランス語アカペラ小品に取り組ませてもらいました。このクラスにより初めて出会った作品でしたが、これからレパートリーにしたいと思う素敵な曲で、優しく華のある本番演奏となりました。普段の自分からは勝手には出てこないような透明な響きの現出した部分もあり、ジュセップさんの下、自分なりに静寂に向きあった結果と思います。

また、その指揮クラスには所属しませんでしたが、合唱指揮者の谷郁さんの師匠であり、本コースの芸術監督であるヨハネス・プリンツ氏の仕事ぶりを近い距離で体験できたことも大きな収穫でした。「静」のジュゼップさんに対して「動」のヨハネスさん。プロの噺家かと思うようなマシンガントークと賑やかなボディーランゲージに圧倒されている間に、気づくと合唱団が目標に到達しているという。ずっと観察していると、合唱団員の注意を上手に操りながら、合唱団が最短距離で、負担を感じずにステップアップしていける最善の方法をリアルタイムに選択し続けているという感じ。計算され尽くした上に勘が冴えまくったパフォーマンス。アマチュア合唱団としてはモンスター級の本番リズムを高水準で実現し続けるウィーン楽友協会合唱団のシェフは、こうでなければ務まらないということでしょう。

「静」「動」の大きなコントラストはあれど、両者ともに共通していることは、いかに音楽をするための素地を合唱団にとって出来るだけ自然な形で用意できるか、という視点です。理想の音楽の実現には苦労を伴う”ことがある”ことは自明である一方、その苦労と負担を合唱団員にそのまま被せて別の意味のドラマみたいにしてしまうのではなく、課題を適切に解きほぐす仕事をまず指導者がすることで、限られた時間を音楽に集中するためにより有効に使うことができるのだと思います。素晴らしい合唱指導者たちの意義深い時間と空間の使い方をその場で同時に比較的に体験し、翻って自分はどうか、と考えを深めることができたのはこの講習会ならではでした。

 

ハンナ10月号・連載第3回

9月16日に発売された「ハンナ」10月号に、合唱指揮留学について連載している「マエストロの海外修行」第3回が掲載されました。タイムリーに、こちらへもこれまでに受けた合唱指揮マスタークラスのことを書いています。ブログに併せてどうぞお読みください。